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贈り物としての牛肉の歴史

2016.10.31 近江牛と贈り物の豆知識

牛肉の食文化と肉牛のブランド化について

近江牛、神戸牛、松坂牛は、現在、日本の三大和牛ブランドと呼ばれていますが、肉牛のブランド化の歴史自体はそう古くはありません。
食肉としては最も古くは近江牛の400年以上、神戸牛130年、松坂牛は100年の歴史があるといわれています。
日本では古来、食用の家畜を育てる習慣や仏教や陰陽道の影響もあって獣肉を食べる文化はなく、牛は平安時代から役牛として人々の暮らしの中で使役されてきました。
戦国・安土桃山時代にキリスト教が入ってくると、キリシタン大名の高山右近が小田原征伐の際に細川忠興等に牛肉料理を振る舞った記録が残ってはいますが、明治の文明開化まで、原則、獣肉を食するのはタブーでした。
1862年の日米修好条約が締結され、多くの外国人が横浜に居留するようになって牛が食用として賞味されることが知れると、船で運ばれてくるようになり、
神戸から運ぶ全ての牛に神戸の烙印が押されたことから、神戸牛とよばれ、やがて日本人の間にも好まれるようになってきました。
その後各地域ごとに産出する肉牛に厳しい基準を設定し、その基準を超える一定の品質以上の肉をブランド牛として売り出すようになりました。
近江牛ではブランド化への動きは、1951年の近江肉牛協会の誕生時にはじまりますが、当時の日本人が食する量は現在の20分の1ほどでしかなく、
肥育農家も少ない状況で、1960年代に入り農業の技術革新と肉用牛肥育の改良も進んでから、ようやく2005年に近江牛の定義が正式にルール化され、2007年に商標登録されてはじめてブランドとして確立されました。

贈り物としての最初の牛肉は?

贈り物としての最初は、1687年に彦根藩で味噌漬けにされた彦根牛が養生薬「反本丸(へんぽんがん)」として将軍家や諸侯に献上されたとあり、特権階級に賞味されていたことがわかります。
江戸時代にあって、なぜ彦根藩がそのようなことができたのかですが、当時、彦根藩は陣太鼓に使う牛皮を毎年幕府に献上するのが慣例で、
家畜の殺傷が禁じられていた時代にあっても公式に牛の屠殺が認められていたためで、役牛として使えなくなった老牛を集め、反本丸や後には干し肉等の加工品を生み出すようになりました。
滋養のため多くの御大名から所望されていて、水戸の徳川斉昭も牛肉愛好者の一人で、1848年に彦根藩主からの贈り物に対する礼状には、「度々牛肉贈り下され、薬用にも用いており忝い」と、感謝の気持ちが記されています。
明治時代以降、牛肉を専門に扱う店舗が各地にでき、多くの日本人に好んで食されるようになってくると、自宅での消費のみでなく、お中元やお歳暮等の贈り物として広く流通するようになってきました。
各地のブランド牛制度が確立してきた現在は、通販利用で全国どこへでも贈り物として届けられ好みのものを味わうことができるのは素晴らしいことです。